ボン大学のヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトが大きく発展!

ボン大学のヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトが大きく発展!

ボン大学のヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトが大きく発展!


*証言翻訳で日本語⇒ドイツ語⇒アラビア語のリレー翻訳完成
*広島で被爆した韓国人の証言について日・独翻訳チームと韓国語クラスが合同授業



“HIROSHIMA NAGASAKI PROJECT” of University Bonn, which is to work on the translation of the videos of atomic bomb survivors’ stories, is proceeding and spreading rapidly. This project has been started by a team to translate Japanese into German. Now that project stimulated other university students and teachers into forming a new team for German-Arabic translation, and they completed the Arabic translation work for the first time in NET-GTAS’s history. Meanwhile, working on the story of a Korean survivor of atomic bombing in Hiroshima, they held a joint class with the students who study Korean language and culture.


ボン大学は、NET-GTASの被爆者証言の多言語化事業に協力して、2014年度以来、証言を日本語からドイツ語に翻訳する授業を「ヒロシマ・ナガサキ・プロジェクト」の名で開講しています。その2018年度成果発表会がこのほど一般市民も参加して行われました。今回は、これまでの日本語学科による日独翻訳に加えて、アラビア語学科が、ドイツ語翻訳作品を原典にしてアラビア語に翻訳するという、“リレー翻訳”の成果が発表されました。また、日本語学科が広島で被爆した韓国人の証言(日本語)をドイツ語に翻訳したのに合わせ、韓国語を学ぶクラスとの合同授業を実施し、被爆者に対する差別と日韓併合以来の民族差別の問題などを一緒に学び合った成果を報告。原爆が日本だけの問題ではなく、ドイツ、中東、朝鮮半島をつなぐ課題であることを、一回り多くなった参加者たちに印象付けしました。
イベント展開の中心的な役割を果たしているNET-GTAS幹事の田村直子先生から届いた報告書をいくらか圧縮して掲載します。

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ボン大学では2019年1月21日今学期のボン大学ヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトの成果発表会を行いました。会場は学内の講義室で、一般公開。30人にのぼるプロジェクト参加生と、そのご家族の方々も含め、70人ぐらいが参加しました。また発表会のあとには、大学博物館で第3回ボン大学原爆展のオープニングセレモニーを行いました。学内外の30人前後に参加してもらえたようです。展示会は3月末まで開かれます。

今年のボン大学ヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトは、大所帯の構成となり、三つのプロジェクトチームに分かれて進行しました。日独翻訳チームと、ドイツ語・アラビア語翻訳チーム、そして展示会チームです。それぞれのチームが週1コマ(90分)の授業の中で、プロジェクトを進めました。日独翻訳チーム担当はパチケ先生、ドイツ語・アラビア語翻訳チーム担当はカラム先生、そして展示会チームは田村が担当しました。アラビア翻訳学の教授であるグラス先生は、ドイツ語・アラビア語翻訳チームに寄り添う形で、アラビア語圏における核兵器および核利用についてのセミナーを提供して下さいました。

元々、2014年に日独翻訳チームでスタートした本プロジェクトですが、2017年10月からはドイツ語・アラビア語翻訳チームとの協働体制が整い、二つのチームでプロジェクトを運営してきました。それに加えて、今回は初めて展示会だけに参加する韓国学チームの応援を得ることができました。

その理由は日独翻訳の対象として、初めて韓国人被爆者が選ばれたからです。当プロジェクトでは、証言翻訳と同時に、証言内容をより深く理解するために、物理学、医学、心理学や歴史的、政治的、社会的事情も合わせて学ぶことにも重点を置いています。今回は日韓併合の歴史的事実を中心に、それ以前の日本と朝鮮半島の歴史、また戦後の韓国人被爆者の社会的状況などを、韓国学の学生がリサーチし、日独翻訳チームと3回の合同授業を設け、背景事情の説明を行ってくれたのです。

また、日独翻訳チームからは、翻訳進行中の証言を展示会チーム(韓国学の学生)に紹介し、展示会用のポスターに引用できそうな個所の提供がありました。韓国学の学生は、歴史的資料に合わせて、歴史の証人である被爆者の方々の証言から学ぶ大切さを経験しました。

日独翻訳チームが裵基潤氏の証言を翻訳したのに対して、ドイツ語・アラビア語翻訳チームは2年前にボン大学が日独翻訳したサーロー節子氏の証言を翻訳しました。被爆者としての苦難を共にするお二人でも、一人はさらに在外被爆者として二重の冷遇を受け、だれにも被爆のことを話せず、声を出せなかったのに対して、もう一人は国連で演説をし、ノーベル平和賞授業式に出席するなど、その声が世界的に影響を与えています。この対比も今学期のプロジェクトのテーマの一つとなりました。どのような境遇にいる人でも、その声は傾聴に値する。そして、その声を様々な言語で届けるために、我々のプロジェクトは存在するのだという意識を共有できたと思います。

裵基潤氏の日独翻訳、サーロー節子氏のドイツ語・アラビア語翻訳が完成し、ボン大学の学生がした翻訳は日独翻訳が7本目、ドイツ語・アラビア語翻訳が3本目、合計10本になりました。

韓国学の学生が展示会に特化して構想を練ってくれたおかげで、今年の展示会は国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館から寄贈いただいたポスター8枚に、自作のポスター7枚という、かなりの比重を自作ポスターに置いた展示会となっています。目玉はなんといっても、被爆者の方々の証言の引用で、ポスターの文章の中に、日本語、ドイツ語、アラビア語の3言語で表示しました。ポスターの内容によって異なりますが、裵氏の証言から5箇所、サーロー氏の証言から2箇所引用しました。下記は裵氏の証言から、韓国へ帰国後も、きょうだいは韓国語が話せなかったので、苦労したという部分の引用です。

この引用は、当時日本政府が帝国内在住の韓国人などに強いていた公私における日本語使用の実態の一例として、戦後韓国に帰国(移住)した韓国人について説明するポスターに採用されました。ポスターは2019年3月31日まで大学構内の廊下で、誰でも自由に通り抜けられる場所で展示中です。

(田村直子 =幹事・ボン大学講師)

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