【ベルリンの壁の影響】

【ベルリンの壁の影響】

皆さん、こんにちは。
NET-GTASの会員で、スペインの大学院に留学中の高橋です。

私はヨーロッパに来てから「アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所」、「アンネ・フランクの家」、「ノーベル平和センター」に行きました。
これらに続き、今回はドイツの「ベルリンの壁」に行きました。

ベルリンの壁は、第二次世界大戦終戦後の1961年8月13日から1989年11月9日までに、ベルリン市内に存在し、正に世界平和に反する物でした。

①ベルリンの壁記念センターの展示

かつて、西ドイツ(もしくは西ベルリン)は東ドイツ(もしくは東ベルリン)より経済的に恵まれていたため、東側からこちらに亡命する人が後を絶ちませんでした。
国家存続の危機を感じた東ドイツは、西ベルリンに逃げられないように、ベルリンの壁を作りました。
それでも壁を越えようとする亡命者がたくさんおり、200名近くの死傷者が出ました。

ベルリンの壁は、格差によって生まれた物だということが伺えます。

②ベルリンの壁

確かに人間は一人一人違います。
しかし、平等且つ公平でないと、どこかでベルリンの壁の建設や、戦争のような社会問題が起きます。
ベルリンの壁への訪問を通して、これらのことを強く実感しました。
恐らく一人一人の人間が、他の人たちに公平、そして平等に接するようになれば、世界中の問題も、徐々に減っていくかもしれません。

また、ベルリンの壁は今から30年以上前に崩壊しましたが、これを機に壁に絵を描く人が出てきました。
驚くことに、「日本地区への迂回路」という、日本風の作品もあります。
なぜこのように至ったかは不明ですが、個人的には「悲しみを笑いに変えよう」という思いが、込められてるのではないかと思います。

③ベルリンの壁に描かれた作品「日本地区への迂回路」

歴史を振り返ると、人類は今までにベルリンの壁の建設や戦争を含めた、数多くの絶望的なことを起こしてきました。
しかし、それらを止めて、希望に目を向ければ、明るい未来が待っているでしょう。

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