ヨーロッパ日本語教師会のシンポジウムで証言翻訳授業の報告
ヨーロッパ日本語教師会 (Association of Japanese Language Teachers in Europe e.V.) 主催の「2016年日本語教育シンポジウム」が2016年7月7~9日にイタリア・ベニスで開かれました。私(田村直子)は、ボン大学で2014年から行っている被爆者証言翻訳を中心とした授業についてハイケ・パチケ先生と共同で報告してきました。
今回のシンポジウムのテーマは「ウェルフェア(well-being) を目指す日本語教育」でしたので、私たちも「日独翻訳授業を通しての社会貢献と自己実現-広島と長崎の被爆者証言の翻訳プロジェクトを例に-」という観点から発表しました。
ウェルフェアの観点から考えると、私たちの授業の成果物、つまりドイツ語字幕は、ドイツ語話者に、より多くの被爆者証言を提供するための社会的貢献と位置づけられます。また、授業参加者である学生にとってこの活動は自分の日本語能力と翻訳能力を生かし、社会貢献できるので、大きな自信を獲得できる場となっていることが分かりました。実際、翻訳授業の卒業生達が集まって、ボランティアでさらなる翻訳依頼を受け完成させているのですが、翻訳の授業が学生のエンパワメントに結びつくことの証左ということができましょう。
このような結果が得られた背景には以下のような要因があると考えられます。
1. 翻訳依頼内容が社会的貢献度の高いものなのでやりがいを感じられること
2. 学習の成果物を広く一般に共有できるので、自分を日本語学習者としてではなく日本語仲介者としての自覚でき自信がつくこと
3. 翻訳の依頼主であるNPO(NET-GTAS)、同じく証言翻訳をしている他大学、出張授業をしてくださる被爆者二世の方など、この活動に共感してくれる人々と交流があること
この授業を始めた当時の学習目標は修士課程翻訳専攻の学生の日本語力と翻訳能力の向上にあったのですが、上述のような副次的な効果が確認できたのは非常に喜ばしいことです。もちろん本来の学習目標も着実に到達しています。その背景に考えられるのは以下のような要因です。
4. 本物の翻訳依頼であるので、学生はおのずと自らの翻訳に高い質を求めること
5. 翻訳の質の向上には正しい専門用語の選択が不可欠だが、そのためには原文の背景知識に通じる必要があることに気づき、お互いに調べ合い学び合うこと
6. 翻訳をグループ活動、即ちチーム翻訳という方法で行っているので、グループ内で各自の翻訳バージョンについての議論が深められること
ヨーロッパの日本教育関係者の方々にボン大学での活動例を聞いてもらい、さまざまな方から励ましのお言葉や関心を寄せてもらうことができました。また新たに考えていきたい視点をいただくこともできました。証言という媒体の持つ特殊性(例えば、原爆投下を有難く思っていると証言する被爆者に出会ったという学生への対応)、加害者としての日本の扱い、被爆者証言の歴史的、政治的な文脈での位置づけなど、今後向き合っていけたらと思っています。
なお、シンポジウムのホームページはこちらから見ることができます。
(田村直子 =ボン大学講師)
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